全てのロマンが成田空港に

くろねです。京都の院生。国家公務員試験についての記事は凍結中。Twitter: @spine19642

クソみたいな無気力、それでも継続すること

お久しぶりです。

 

例年この時期はやる気がすぅぉんと抜けて、文字通り抜け殻状態になる。五月病の酷い奴だ。

それに今年は留学先の環境(日照時間が長い)のせいで、不眠まで一緒にやってくる始末。

辛い辛い自慢はあまり好きではないが、最近は5時間近くしか眠れず、起きたとしても昼頃まで立ち上がれず、挙げ句の果てに読書が出来ない(文字がぶれる)。辛い。

非常に、しんどい。

 

それでも毎日やり続けていることがある。

暗記用アプリ、Ankiを用いた英単語の学習だ。

毎日20~25の単語を新しく勉強し、200~300の単語を復習する。

日によっては、その日に学習した単語を、新しくAnkiのデータベースに入力する事もある。

大体、20~30分ほどの作業。

これを、スウェーデンに来た数日後から、毎日毎日、積み上げて来たわけである。

 

「英語は単語力で殴れ」。

英語における単語の重要さは既に色んな人が語っているので、ここでは触れない。

 

何のやる気がなくとも、タブレットを20~30分、ぽちぽち叩き続ける事ぐらいは出来る。

そして案外、そういった小さな積み重ねが、海の底に沈もうとするメンタルを救ってくれることが多くある。

 

「どうして私は何も出来ないのか」→「いや、単語の勉強くらいは出来る」

「やる気が出ない、つらい」→「やる気が出なくても出来る簡単な事をすれば良い」

 

はっきり言って、私は別に英語の勉強に燃えているわけではない。

確かに、将来的に英語は必要だろうし、ある年齢までにこれだけ話せるようになりたい、という目標はある。

(ただ、最近は今こそその「将来」になりつつあるという実感もある)

しかし、語学の勉強というものには、どうしても肌に合わない部分がある。

私にとっては、楽しくやれる類のものではない。

 

では、どうしてそんな私が、毎日数十分の学習をコツコツ積み重ねるのか。

 

一言で表すと、それは言い訳である。

英語でいうexcuseのニュアンスに近い。

私は何もしてないよ、ということを否定するために、コツコツ積み重ねている。

継続を止めた瞬間に、罪悪感がコツコツとやってきて、コンコンと不安の扉をノックする、そんな予感がしている。

 

「毎日コツコツ勉強する」という言葉は、積極的な意味のみを帯びる必要は無い。

それはexcuseでも良い。

「毎日コツコツ勉強する」ことによって、私は、少しの平穏を得ている。

 

積み重ねの結果、専門書を読んでいて、わかる単語が増えてくる。

 

ここでは、英語の積み重ねが、自分に対するexcuseでなっていく。少し、うれしい。